【軽井沢】追分宿の「枡形の茶屋」 町が有形文化財指定を目指す方針

軽井沢情報
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こんにちは。

カントリージェントルマン鴨志田です。

2004年、東京井の頭から

軽井沢追分へ移住しました。

で、ネット上で、

こんなトピックスを見かけました。

追分宿の「枡形の茶屋」、軽井沢町が有形文化財指定を目指す 「追分節」の伝承施設へ|信濃毎日新聞デジタル 信州・長野県のニュースサイト
軽井沢町教育委員会は27日の総合教育会議で、江戸期に茶屋として使われた追分宿の「枡形の茶屋(つがるや)」について、町有形文化財への指定を目指す方針を示した。来年度から建物の改修を行い、町無形民俗文化財「追分節」の伝承施設などとして2028年...

枡形の茶屋(つがるや)とは?

軽井沢追分への移住に興味があるんだけど
なぜ、追分に移住したの?

そんな疑問・質問、よくわかります。

この記事を読むと、
枡形の茶屋(つがるや)とは
●なぜ軽井沢の追分移住だったのか?
●軽井沢追分とは?
●軽井沢追分移住への道 定住に適していて&自然豊か
●軽井沢追分移住への道 程よい隣組ネットワーク
●軽井沢追分移住への道 住環境

がわかります。

そこで、まずは、結論から。

追分移住の理由
  • 定住に適していて&自然豊か
  • 程よい隣組ネットワーク
  • 坪単価が比較的安い
  • 湿気対策
  • 渋滞対策

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トピックスによると…

追分宿の「枡形の茶屋」、軽井沢町が有形文化財指定を目指す 「追分節」の伝承施設へ

 軽井沢町教育委員会は27日の総合教育会議で、江戸期に茶屋として使われた追分宿の「枡形の茶屋(つがるや)」について、町有形文化財への指定を目指す方針を示した。来年度から建物の改修を行い、町無形民俗文化財「追分節」の伝承施設などとして2028年7月に開業するとしている。

 茶屋は追分宿の西の出入り口付近にある。町教委によると、現在は空き家で、正確な建築年は不明という。町文化財保護審議会には来年度から2年間かけて実施し、事業費は約2億5千万円。資料が残る1938(昭和13)年ごろの状態に復元する。コーヒーなどを提供できる台所を設け、耐震化を施す。

 施設開業後の運営は地元の追分区が担う。将来的に、テレワーク拠点や、そば打ち、手芸品などの体験教室の会場として活用する構想もある。

<信濃毎日新聞から引用>

軽井沢追分移住への道

2004年、東京井の頭から

軽井沢追分へ移住しました。

なぜ軽井沢の追分移住だったのか?

わが家が、軽井沢の土地探しをはじめたのは

2002年。はっきり言って、この時点では、

軽井沢の西に位置する追分に

注目していたわけではありませんでした。

もしかすると、追分をはっきりとは

認識していなかったかもしれません。

少なくとも、この時点で、軽井沢町内の

エリアの絞込みまではしていませんでした。

では、なぜ軽井沢の追分移住だったのか?

軽井沢追分とは?

追分は、中山道69次のうち、

江戸から数えて20番目の宿場町。

その名は、中山道と北国街道(北陸道)との

分岐点ということに由来します。

江戸時代、浅間根腰の三宿と呼ばれた

軽井沢宿、沓掛宿(中軽井沢)、追分宿

今は、ご存じの通り、軽井沢、中軽井沢の方が

特に経済的には栄えているものの、

昔、一番繁栄していたのは追分だったのでした。

現在、最も宿場時代の風情を偲ぶ

ことができるのも、追分。

また、民謡に多くみられる

追分節の発祥の地でもあります。

軽井沢追分移住への道 定住に適していて&自然豊か

せっかく都心から軽井沢に移住するならば、

山奥はともかく、分譲住宅地や

別荘管理地のようなところではなく、

緑に囲まれた、広めの土地に住んでみたい!

と思うのは、わたしだけではないはず。

軽井沢町内には、自然豊かなエリアが

多く残されているものの、

定住に適していて&自然豊かという

候補地は、実際に、土地探しをしていて、

追分周辺が多かったですね、経験上。

軽井沢追分移住への道 程よい隣組ネットワーク

追分は、私の知る限り、軽井沢町の中でも、

隣組と呼ばれる地元のネットワークが

最も生きているエリアの1つです。

都心から地方に移住すると、

濃すぎる人間関係に苦労させられた

話をよく聞きますけど、

軽井沢は、比較的風通しのいい町。

入る者は拒まず、出る者は追わずなんです。

江戸時代から宿場町として人の出入りが多く、

現在も、移住組が多いからなのかもしれません。

一方で、人間関係が希薄すぎる都心と比べ、

追分の隣組や、特に夏祭りの有志のみなさんの

ネットワークは程よいんですよね。

わたしのように、移住してきて、即、

活躍させてくれる雰囲気があります。

もちろん、Giveの精神は必要ですよ。

軽井沢追分移住への道 住環境

2002年10月から、軽井沢の不動産会社を

訪れ、土地探しをはじめたんですけど、その際、

不動産会社のみなさんから伺ったアドバイス中に、

貴重な情報がいくつもありました(感謝)。

軽井沢追分の坪単価が比較的安い

東京と比べると
坪単価はかなり安いものの
軽井沢町内でも
エリアにより開きがあります

追分物件は、比較的、坪単価が
より下がる傾向にあるので
土地の広さを求めるならば、狙い目

湿気対策

湿気については
特に北東(旧軽井沢含む)は深刻です

定住するならば
中軽井沢より西がおすすめ

渋滞対策

観光シーズンの渋滞問題は深刻です
国道18号やプリンス通りは要注意
裏道を確保したい

軽井沢町内のスーパーは
充実しているものの
西の御代田・佐久方面へ
出る人も多いようです

まとめ:【軽井沢】追分宿の「枡形の茶屋」 町が有形文化財指定を目指す方針

【軽井沢】追分宿の「枡形の茶屋」と移住の魅力

追分宿の「枡形の茶屋」の有形文化財指定の動きは、単なる建物保存にとどまらず、地域文化の継承と新たな交流拠点づくりという大きな意味を持っています。今後は「追分節」の伝承施設や体験型の場として、追分の魅力をさらに高めていく存在になるでしょう。

▼実際に移住して感じた追分の魅力

定住に適した自然環境
⇒豊かな緑と落ち着いた住環境
程よいコミュニティ
⇒隣組など、心地よい距離感の人間関係
コスト面の魅力
⇒比較的手の届きやすい土地価格
生活の知恵が必要
⇒湿気対策や渋滞回避など事前理解が重要

追分は歴史ある宿場町としての風情を残しつつ、移住者にも開かれた土地柄で、「自然・歴史・人」のバランスが非常に良いエリアです。

枡形の茶屋の再生とともに、今後ますます注目される追分エリア。移住先の候補として、一度は現地を訪れてみる価値があると思いますよ。

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【おすすめ】軽井沢移住して家づくり わたしのバイブル

  • 2002年10月
    ⇒地元不動産会社さんを訪問し、はじめての軽井沢土地探し
  • 2003年9月
    ⇒地元不動産会社さん仲介で、軽井沢に土地を購入
  • 2003年11月
    ⇒地元の設計士さんと設計監理契約
  • 2004年2月
    ⇒地元工務店さんと建物建築請負契約
  • 2004年3月
    ⇒着工
  • 2004年9月
    ⇒完成・引渡

2003年1月、青山ブックセンターで、

この本と出会い、購入。

軽井沢に移住して家づくりしていく上で、

バイブル的存在になってくれました。

軽井沢追分への移住の結果発表

何度目かの土地探しの際、

軽井沢駅方面から18号を追分で左折し、

林を抜けながら、信濃追分駅方面に

車で坂を下っていくとき、

おそらく、
この辺に住むことになるのだな~

というインスピレーションが

ビビッ!ときたのを、今でも覚えています。

追分の今の土地と出会えたことに

感謝してます。

我が家の西隣りは定住者で、東隣りが別荘。

定住エリアと別荘地エリアのちょうど境にあり、

南には林が広がっています。

素晴らしいのは環境だけでなく、

近隣の定住の方、別荘の方をはじめ、

毎年、追分人との交流の輪が広がってます。

ありがたい。

軽井沢追分を選んで本当によかった

というわけで、移住して20年経ちましたけど、

すっかり追分の魅力にはまってますし、

軽井沢に移住の際、

追分を選んで本当によかった!

と思ってます。

軽井沢追分移住に関心のある方のために

軽井沢追分移住してから今までの経過、結果を、

このブログに発表することで、

  • 信州移住に関心がある方のために、
  • 軽井沢追分移住に興味のある方のために、
  • そして、自分と家族のために、

何かお役に立てればうれしいです。

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