カントリージェントルマン鴨志田です。
2004年、東京井の頭から
軽井沢へ移住しました。
で、ネット上で、
こんなトピックスを見かけました。
大賀ホールは、軽井沢に移住した
2004年に完成した音楽ホール。
思わず、トピックス記事、読んじゃいました。

バゼーダ祝祭カンマーオーケストラ
第11回定期演奏会
どんな内容なんですか?

大賀ホール、どんなホール?
なんで、軽井沢にできたの?
そんな疑問・質問、よくわかります。
この記事を読むと、
●バゼーダ祝祭カンマーオーケストラ 第11回定期演奏会
●軽井沢大賀ホールとは
●大賀ホール 音楽の街 軽井沢へ
がわかります。
そこで、まずは、結論から。

単なる観光ガイドではない
軽井沢の真の魅力を再発見できる雑誌
豊かな気持ちになれますね
トピックスによると…

当楽団は早稲田大学を卒業したメンバーを中心に構成されたアマチュア弦楽合奏団で、2012年に結成されました。大学卒業後、様々なアマチュアオーケストラで活躍する仲間が年に一度軽井沢大賀ホールに集い、旧交を温めるとともに再び音楽を奏でる歓びを共有することを目的に活動しています。
<軽井沢大賀ホール公式サイトから引用>
軽井沢大賀ホール

基礎データ
- ホール名
⇒軽井沢大賀ホール - 住所
⇒軽井沢町軽井沢東28-4 - 完成
⇒2004年12月1日 - 開館
⇒2005年4月29日 - 客席数
⇒784 - アクセス
⇒軽井沢駅から徒歩約8分
軽井沢に大賀ホールができた経緯
大賀ホールは、以下の経緯で軽井沢にできました。
- ソニー名誉会長の大賀典雄さんは、軽井沢に別荘を所有
- 2001年11月、バリトン歌手、指揮者でもあった大賀さんは、北京で、オーケストラ指揮中に倒れ、病気療養のため、軽井沢で過ごす
- 2002年12月、妻でピアニストである松原緑さんの『音楽が似合う軽井沢には上質なホールが必要』という言葉と、大賀さんの音に対する理想を実現するため、軽井沢町に音楽ホールの寄付を申し出る
- 2004年12月、大賀さんの退職金によって寄贈された16億円の資金等によって建設され、完成
- 2005年4月、開館
- 2006年10月、財団法人軽井沢大賀ホールへ運営が移管
大賀ホールのユニークポイント
主としてクラシック音楽のコンサートに
利用されている大賀ホールには、
ユニークポイントがあります。
大賀ホール 音楽の街 軽井沢へ


軽井沢が、音楽面で
オーストリアのザルツブルクや
スイスのルツェルンのような
町になってほしい
という願いも込めて、大賀さんは
寄付を申し出たそうです。
公式サイト内の、大賀さんの挨拶文に、
その想いが表れてますね。
<軽井沢大賀ホール公式サイトから引用>
まとめ:【軽井沢大賀ホール】バゼーダ祝祭カンマーオーケストラ 第11回定期演奏会

バゼーダ祝祭カンマーオーケストラ 第11回定期演奏会
バゼーダ祝祭カンマーオーケストラは、早稲田大学卒業生を中心に2012年に結成されたアマチュア弦楽合奏団です。毎年、軽井沢大賀ホールで演奏会を開催し、音楽を通じた交流を続けています。
第11回定期演奏会は7月5日(日)に開催され、バッハの「アリア」、ヴィヴァルディの「四季」、チャイコフスキーの「弦楽セレナーデ」など、親しみやすい名曲が披露されます。
会場となる軽井沢大賀ホールは、2005年に誕生した軽井沢を代表する音楽ホール。世界的企業ソニー元名誉会長・大賀典雄氏の思いから生まれ、現在では「音楽の街・軽井沢」を象徴する存在となりました。
軽井沢の豊かな自然と上質な音楽が織りなす特別な時間を味わいたい方は、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。

単なる観光ガイドではない
軽井沢の真の魅力を再発見できる雑誌
豊かな気持ちになれますね
大賀ホールは、わが家が軽井沢移住した
2004年に完成したこともあって、
ご縁を感じながら、過ごしてきました。
その後、妻が、軽井沢吹奏楽団に入団。
定演やクリスマスコンサートなど、
大賀ホールでフルートを吹く機会をいただき、
わたしも、定期的に、足を運んできました。

こどもたちも、小学生時代、
小北軽井沢音楽会で合唱。
2015年、息子は、中1のとき、
チャリティーコンサートをプロデュースした
こども実行委員7名のうちの1人としても、
大賀ホールにお世話になりました。
岩手県大槌町復興支援 沖仁&臼澤みさきチャリティーコンサート

わが家との関わりだけでなく、
大賀ホールは、軽井沢町民、別荘民、
音楽ファンにすっかり愛されています。
軽井沢に大賀ホールができて以来、
毎年、着実に、軽井沢は音楽の街に
なりつつあるのを感じます。


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