こんにちは。
カントリージェントルマン鴨志田です。
2004年、東京井の頭から
軽井沢追分へ移住しました。
で、ネット上で、
こんなトピックスを見かけました。
旧雨宮邸ギャラリー蔵は、離山公園内にあり、
ジョギング中、特に紅葉の季節には、
プチ休憩のため、蔵周辺に寄らせていただくので、
思わず、トピックス記事、読んじゃいました。
旧雨宮邸ギャラリー蔵って、
どんな建物なの?
軽井沢リゾートコンサート2024って
そんな疑問・質問、よくわかります。
この記事を読むと、
●旧雨宮邸ギャラリー蔵って
●軽井沢リゾートコンサート2024って
がわかります。
そこで、まずは、結論から。
トピックスによると・・・
<軽井沢ウェブから引用>
軽井沢リゾートコンサート@旧雨宮邸ギャラリー蔵
旧雨宮邸ギャラリー蔵って
旧雨宮邸ギャラリー蔵は、軽井沢町の
離山公園内に位置する歴史的な建物。
この蔵は、元々、雨宮家の所有物で、
軽井沢の歴史的な文化財として
保存されています。
現在では、蔵はリフォームされ、
現代的なギャラリースペースとして、
展示会や展覧会の開催に利用されてます。
基礎データ
- 館名
⇒旧雨宮邸ギャラリー蔵 - 住所
⇒長野県北佐久郡軽井沢町大字長倉2112番地21 - 貸出期間
⇒4/1から11/15まで(継続使用は3ヵ月以内) - 開館時間
⇒9:00 ~ 17:00
雨宮敬次郎って
明治時代の実業家・投資家。『天下の雨敬』
『投機界の魔王』『明治の鉄道王』などの
異名をとりました。甲州商人、いわゆる
『甲州財閥』と呼ばれる集団の1人で、
『政治の伊藤博文、金の安田善次郎、
事業の雨宮敬次郎』とまで謳われました。
最も知られる功績として、現在の軽井沢の
基礎となる植林事業や、日本製粉の設立、
東京市街鉄道や大日本軌道といった
鉄道分野での事業などがあります。
軽井沢でのワイン醸造の挑戦と断念
財を築いた実業家 雨宮敬次郎は、
明治9~10年、アメリカ、ヨーロッパを外遊。
その時、アメリカで不毛の地が、開墾によって
肥沃な土地に生まれ変わる姿を見聞きし、
軽井沢に近代農場を経営するという
大志を抱きました。帰国後、碓氷新道
(現在の国道旧18号線)の南側の一帯の
官有地500町歩ほどを1町歩あたり
1円50銭程で払い下げを受け入植。
軽井沢有数の土地持ちとなりました。
1100町歩もの広大な土地に、
アメリカ式の大農園を計画。
山梨県で成功しつつあったブドウ園をつくり、
ワイン醸造を夢見ます。しかし、
北海道やドイツ、アメリカから
ブドウ種子を取り寄せ挑戦するも、
気候風土・土壌が合わずことごとく失敗。
数万円の損出を出し、断念したのでした。
その後、失敗の連続でも諦めず、
開墾不適地を中心に、落葉松の植林を開始。
所有地1000町歩余を緑化。
国の造林奨励も相まって
落葉松林は事業としても大成功。
これが、現在の緑豊かな軽井沢の礎なのです。
まとめ:【軽井沢】リゾートコンサート2024@旧雨宮邸ギャラリー蔵
【おすすめ】移住前後でお世話になった軽井沢ヴィネット
軽井沢移住前に出会い、購入。
軽井沢に移住して家づくりしていく上で、
いい影響を受けてきました。
軽井沢に関する知りたいことが、
かなり網羅されている一冊。
インスパイアされますね。
ちなみに、軽井沢移住後、ご縁をいただき、
軽井沢ヴィネットから取材を受けて、
わが家の記事も載せていただきました。
もちろん、移住後も、楽しめる雑誌。
おすすめします。
リゾートの街 軽井沢
離山周辺を訪れたお客様が立ち寄る
観光スポットの1つが旧雨宮邸ギャラリー蔵。
その恒例イベントとして、
軽井沢リゾートコンサートも
だいぶ定着しました。
軽井沢の歴史的文化遺産で
美しい演奏を楽しむのいいものです。
リゾートの街 軽井沢。まだまだ、
おもしろいことが待っていそうですね。
コメント