【軽井沢】町内の重文指定2件目 アントニン・レーモンド『軽井沢夏の家』

軽井沢情報
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こんにちは。

カントリージェントルマン鴨志田です。

2004年、東京井の頭から

軽井沢追分へ移住しました。

で、ネット上で、

こんなニュースを見かけました。

「軽井沢夏の家」、重文指定を祝う懸垂幕 軽井沢町、役場庁舎に|信濃毎日新聞デジタル 信州・長野県のニュースサイト
軽井沢町の塩沢湖畔にある「軽井沢夏の家」(旧アントニン・レーモンド軽井沢別邸)の重要文化財指定を祝い、町は17日、役場庁舎に懸垂幕を掲げた。町内の重文は旧三笠ホテル(改修中)に続き2件目。町教育委員会の担当者は「名所として多くの人に見てほしい」と期待する。  懸垂幕は長さ8メートル、幅90センチ。

アントニン・レーモンドの

軽井沢夏の家』は、普段、

ペイネ美術館として活用されてます。

塩沢湖の畔に広がる軽井沢タリアセン内の

ミュージアム、ペイネ美術館。

わたしも何度も足を運んできて、

大好きなミュージアムの1つなので、

思わず、ニュース記事、読んじゃいました。

軽井沢夏の家って、

どんな建物なの?

アントニン・レーモンドって、

どんな建築家

そんな疑問・質問、よくわかります。

この記事を読むと、
●軽井沢夏の家って、どんな建物なのか
●アントニン・レーモンドって、どんな建築家なのか

がわかります。

そこで、まずは、結論から。

  • アントニン・レーモンド設計の『軽井沢夏の家』が、旧三笠ホテルに続き、町内2件目の重文指定
  • アントニン・レーモンドはチェコ出身のアメリカ人建築家 フランク・ロイド・ライトのもとで学び、帝国ホテル建設の際に来日後、日本に留まり、モダニズム建築の作品を多く残し、軽井沢とのご縁も
  • 『アントニン・レーモンド夏の家展』開催中(9/21~11/23)
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ニュースによると・・・

 軽井沢町の塩沢湖畔にある「軽井沢夏の家」(旧アントニン・レーモンド軽井沢別邸)重要文化財指定を祝い、町は17日、役場庁舎に懸垂幕を掲げた。町内の重文は旧三笠ホテル(改修中)に続き2件目。・・・

 軽井沢夏の家は元々、チェコ生まれのアメリカ人建築家アントニン・レーモンド(1888~1976年)が同町南ヶ丘に建てた別荘兼事務所。1933(昭和8)年の建築だ。レーモンド没後に譲り受けた塩沢遊園が86年に湖畔に移築した。11月23日まで内部を公開中。・・・

<信濃毎日新聞から引用>

アントニン・レーモンド『軽井沢夏の家』って

軽井沢夏の家

1933(昭和8)年、軽井沢南ヶ丘に

建設された、アントニン・レーモンド設計の

『軽井沢夏の家』。

レーモンドや妻のノエミ、事務所の所員らが

夏を過ごす別荘兼設計スタジオとして

利用されてきました。

『軽井沢夏の家』は、真ん中に向かって

低くなるV字形の屋根と、屋根に沿った

緩やかなスロープ、吹き抜けが特徴。

リビングの開口部は柱の内側に、

ガラスの引き戸を設置する芯外しを採用。

ガラス戸を開け放つと、

外との空間が広くとれます。

文化審議会では、

『日本建築の様式を折衷させた

「木造モダニズム建築」の先駆けとして、

歴史的評価が高いもの」と評価され、

国の重要文化財に指定されました。

1937年、レーモンドのアメリカ帰国時、

売却され所有者が転々とした後、

1986年、軽井沢タリアセンを運営する

塩沢遊園が譲り受け、塩沢湖畔に移築復元。

現在、ペイネ美術館として活用されています。

わたしも何度も足を運んでいるミュージアム。

ペイネの絵を鑑賞しながら、同時に、

趣のある木造の『軽井沢夏の家』の内も外も、

楽しませていただいてきました。

ペイネ美術館
詳しくは投稿をご覧ください。

アントニン・レーモンド

チェコ出身のアメリカ人建築家。

フランク・ロイド・ライトのもとで学び、

帝国ホテル建設の際に来日。

その後、日本に留まり、

モダニズム建築の作品を多く残し、

日本人建築家に大きな影響を与えました。

  • 生誕
    ⇒1888年5月10日
  • 死没
    ⇒1976年10月25日(88歳)
  • 職業
    ⇒建築家
  • 学歴
    ⇒プラハ工科大学
  • 受賞
    ⇒日本建築学会賞作品賞(1952年、1965年)
    ⇒勲三等旭日中綬章(1964年)
経歴
  • 1916年
    ⇒フランク・ロイド・ライトの事務所に入所
  • 1919年
    ⇒帝国ホテル設計施工の助手としてライトと共に来日
  • 1922年
    ⇒独立し、レーモンド事務所を開設
  • 1933年
    ⇒長野県軽井沢に、別荘『夏の家』を建て、以後、日本滞在中は、夏を主に軽井沢で過ごす
  • 1962年
    ⇒軽井沢に2度目の夏の家兼アトリエ『軽井沢新スタジオ』を建てる

アントニン・レーモンド関連書籍

町内の重文指定1件目 旧三笠ホテル

  • 『軽井沢の鹿鳴館』と呼ばれた旧三笠ホテル。国の重要文化財でもある建物と紅葉のコントラストが見事。
  • 旧三笠ホテルは、耐震補強を含む大規模保存修理工事を行うため、長期休館中です。
    休館期間:令和元年12月28日から令和6年3月(予定)
軽井沢の旧三笠ホテル
当時、最先端・最高級の設備が整えられています。

まとめ:【軽井沢】町内の重文指定2件目 アントニン・レーモンド『軽井沢夏の家』

  • アントニン・レーモンド設計の『軽井沢夏の家』が、旧三笠ホテルに続き、町内2件目の重文指定
  • アントニン・レーモンドはチェコ出身のアメリカ人建築家 フランク・ロイド・ライトのもとで学び、帝国ホテル建設の際に来日後、日本に留まり、モダニズム建築の作品を多く残し、軽井沢とのご縁も
  • 『アントニン・レーモンド夏の家展』開催中(9/21~11/23)

軽井沢移住後、夫婦で、

軽井沢のミュージアム巡りをしていて、

ペイネ美術館は、特に惹かれました。

ペイネの作品ももちろんですけど、

展示会場の『軽井沢夏の家』にも、

いつも魅力を感じてましたね。

有名建築物の街 軽井沢。まだまだ、

おもしろいことが待っていそうですね。

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