こんにちは。
カントリージェントルマン鴨志田です。
2004年、東京井の頭から
軽井沢追分へ移住しました。
で、ネット上で、
こんなニュースを見かけました。
軽井沢周辺にはいろいろな魅力がありますけど、
実は、かなりの酒どころでもあるんです。
わたしも、酒呑みですので、
思わず、ニュース記事、読んじゃいました。
軽井沢ウイスキーの
歴史って?
軽井沢ウイスキーって
どんな会社?
そんな疑問・質問、よくわかります。
この記事を読むと、
●軽井沢ウイスキーとは
●軽井沢蒸留所の歴史
●軽井沢ウイスキー株式会社とは
●軽井沢蒸留酒製造株式会社とは
がわかります。
そこで、まずは、結論から。
ニュースによると・・・
軽井沢町発地の「軽井沢ウイスキー」の蒸留所が完成し、ウイスキー造りを始めた。たるに寝かせた後、2032年の初出荷を目指す。原料となる大麦の栽培も、施設に隣接した畑など県内で広げていく予定で、軽井沢で生まれ育ったウイスキーを世界に―と関係者は意気込んでいる。
軽井沢ウイスキーは、日本酒「寒竹(かんちく)」の銘柄で知られる戸塚酒造(佐久市)16代目の戸塚繁社長(48)が個人出資して設立した。・・・
昨年12月に稼働を始めた工場内には、麦芽を加工する際に出る独特の香りが漂う。・・・
工場長には、12年に閉鎖した旧メルシャン軽井沢ウイスキー蒸留所(御代田町)で工場長を務めた中里美行(よしゆき)さん(59)=軽井沢町=を迎えた。
<信濃毎日新聞から引用>
軽井沢ウイスキーって
軽井沢蒸留所
軽井沢のお隣り、御代田町に存在した
ジャパニーズ・ウイスキーの蒸留所。
小型のポットスチルが4基のみという
小さな蒸留所で、度重なる吸収合併を経て、
1976年から2012年の閉鎖まで、
ウイスキー『軽井沢』を販売していました。
国産初の100%モルトウイスキーでした。
ウイスキーの製造は2000年で終了し、以降、
原酒の熟成および販売のみを行ってました。
蒸留所閉鎖後、その希少性と味わいが世界的に
再評価されて価値が高騰し、近年では
世界で最も希少性の高いウイスキーの一つ、
幻のウイスキーなどと呼ばれています。
軽井沢蒸留所の歴史
- 1955年
⇒大黒葡萄酒(後のオーシャン)は、ワイン製造を行っていた御代田町の軽井沢農場にウイスキー蒸留所の建設を開始 - 1956年
⇒ウイスキーの生産開始 - 1962年
⇒三楽酒造がオーシャンを買収(→三楽オーシャン→三楽→メルシャン) - 2007年
⇒キリングループがメルシャンを買収し、キリングループの傘下に - 2012年
⇒軽井沢蒸留所はグループ内の事業再編の対象となり、完全閉鎖
軽井沢ウイスキー株式会社
2021年、軽井沢のお隣り、佐久市にある
酒造メーカー戸塚酒造が、軽井沢でウイスキーの
製造を開始すると発表。製造に際して、
軽井沢ウイスキー株式会社を立ち上げ、
軽井沢蒸留所最後のモルトマスターである
内堀修身を顧問に、同じく軽井沢蒸留所の
ウイスキー・ディスティラーであった中里美行を
工場長として招きました。
軽井沢ウイスキー株式会社の歴史
- 2022年12月
⇒軽井沢蒸留所の建設に着工 - 2032年
⇒初出荷を目指す
軽井沢蒸留酒製造株式会社
2020年末、軽井沢町在住の
投資コンサルタント島岡高志が、
軽井沢蒸留酒製造株式会社を設立し、
軽井沢のお隣り、小諸市に蒸留所を
創設することを発表。
副社長兼マスターブレンダーを務めるのは、
台湾・金車グループのカバランウイスキー
マスターブレンダーを務めたイアン・チャン。
軽井沢蒸留酒製造株式会社の歴史
- 2022年
⇒新蒸留所を竣工 - 2027年
⇒初出荷を予定
まとめ:【軽井沢】ウイスキー始動 2032年の出荷目指す
【おすすめ】移住前後でお世話になった軽井沢ヴィネット
軽井沢移住前に出会い、購入。
軽井沢に移住して家づくりしていく上で、
いい影響を受けてきました。
軽井沢に関する知りたいことが、
かなり網羅されている一冊。
インスパイアされますね。
ちなみに、軽井沢移住後、ご縁をいただき、
軽井沢ヴィネットから取材を受けて、
わが家の記事も載せていただきました。
もちろん、移住後も、楽しめる雑誌。
おすすめします。
ウイスキーの街、軽井沢
軽井沢ウイスキー株式会社は、メルシャン時代の
「軽井沢」の味を復活させることを第1の目標とし、
『軽井沢』の名で販売を予定しています。
一方、軽井沢蒸留酒製造株式会社は、
新しいスタイルのウイスキーを生産し、
軽井沢地域でのウイスキー造りの伝統を
継続させることを目的とし、
『小諸』の名で販売を予定しています。
今から、初出荷が待ち遠しいですね。
コメント